写楽の役者絵への違和感

もう少年時代のことなのではっきりといつとは特定できないが、
写楽の役者絵を初めて見た時から、
漫画のよう?
いや違う
という違和感を抱いていた。

先日放送されたNHKの番組で、写楽は誰かというのは現在、
ほぼ能役者だったという意見に落ち着きつつあるようだと放送されていた。
その番組で、慶應の教授が、
なぜ能役者かと言う傍説として、
写楽が描く役者絵には、歌舞伎役者への「ある種の揶揄」が感じられると述べていた。
それを聞いて、私が抱いていた違和感の正体がストンと腑に落ちた。
そうか、あれはモデルを「バカにしていた」から、なんか妙な違和感だあったのだと。

私だけかもしれないが、
歌舞伎役者と能役者、どちらが格が上かというと
そりゃ能役者だと即答する。
番組でもくだんの教授が述べていたが、
能というのは「武士の嗜み」とされてきた、一方歌舞伎は・・・。
「睨み」をきかせられなくなるでは・・・と
世間から心配された歌舞伎役者が言ったとされる「おれはいずれ人間国宝になる」
というセリフの人間国宝は所詮「となりの人間国宝」レベル(関西人しかわからんか)。
昔から、婚外子を「芸の肥やし」と言ってはばからない人たちとそれを許す世間の空気が大嫌いな
私には写楽の役者絵は小気味よい。
歌舞伎の名誉のためにいうと、長谷川平蔵を演じた中村吉右衛門には婚外子はいない。
また、世間一般の人よりもはるかに常識人だ。
歌舞伎役者の多くが青学出身であるが彼は早稲田だ。
だからこそ、ドラマ鬼平犯科帳は20数年にわたり人々か愛されたのだろう。
どうせならゲスの川谷も「不倫は芸の肥やし」と言っていれば、よう言ったと応援してやったのに。

今日は心が荒んでるなぁ。